春一番
2026/02/23
春一番が吹く麗らかな月曜日。
本格的な春の予告編の様な1日だったが、まだ庭木の枝ぶりもよくわかり、雑草も(虫も^^;)多く無いこのタイミングでと、庭仕事に精を出した。
剪定枝以外に冬の間に積もった落ち葉も集めつつ、この2日間でゴミ袋4袋以上になったが、落ち葉の下で密やかに芽吹いていた植物に春を感じたり、しゃがむ作業の中で腰や膝に負担をかけない動きを続ける事は、良いトレーニングにもなった(笑)
だんだん暖かくなってくる時期、義母が屋外で過ごす時間を少しでも快適に出来ればと、義父が遺した植木鉢を少し整理して棚を半分にし、空いたスペースにかつてキャンプで使っていた椅子を置いて、リビングからの安全な動線を考慮し、庭を眺めつつ日光浴できるスペースを作った。
午後再び作業を始めた頃には、早速義母がその椅子に座って、「結構色々な鳥が来ているのね。」と呟いたり、膝の曲げ伸ばしをしながら暖かな昼下がりのひと時と訪れる野鳥の眺めを楽しんでいた。
TVの前のソファーに一日中座りっぱなしは良くないとどれだけ言葉で言うより、そうしたくなる様な環境を整える方が大事なのだと改めて感じた。
耳の遠い義母には室内から鳥たちの囀りは聴こえないせいか、「最近は(室内からよく姿が見える)キジバト以外余り鳥も来ないのよね」とよく言っていたが、聴覚の衰えによって狭まった世界(認識)も、こんなささやかな時間の中で少しでも広がれば良いなと思う。

運動と認知機能
最近の研究(マウスでの)で、運動が脳の保護バリアを強化することで認知機能を向上させるメカニズムを解明したという記事が印象に残った。
カリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究者たちは、運動が脳の保護バリアを強化することで認知機能を向上させるメカニズムを解明しました。加齢に伴い、血液脳関門と呼ばれる血管網に漏れが生じ、有害な化合物が脳内に侵入するようになります。これが炎症を引き起こし、認知機能の低下と関連し、アルツハイマー病などの病態にも見られます。この研究はCell誌に掲載されました。
https://medicalxpress.com/news/2026-02-scientists-mechanism-brain.html
よりGoogle翻訳
元のジャーナルはこちら
週末の再読から
たしかにひとは老いても、いや老いの入口においてこそ、じぶんの存在の意味にいいて考えはじめる。勤労者、夫(もしくは妻)・父・子(もしくは嫁)といった役割から解かれ、ひとりのむきだしの(個)として、じぶんと対面しなければならなくなるからだ。社会のなかに住むひとりの役柄をもった存在として、しなければならないこと、させられることにかまけられているあいだはまだいい。そういうごまかしがきかなくなるのが老いというものだ。もっとも、ほんとうに老いほれればそんなこと、気にもせずに飄々としていられるようになるかもしれないが。
ある意味で、老いというのは、あれができなくなった、これもできなくなったと、いろいろに思い知らされることがどんどん増えてゆく経験である。ふと気がつけば、新聞を眼から遠ざけている、徹夜ができなくなった、電車をひとつくらい遅らせてもいいやとおもうようになる。が、そのことで、人生を「できる」ことからでなく、「できなかった」ことから見据えることができるようになる。そして「する」ことよりも、「ある」ことの意味にふれようとしはじめる。
鷲田清一『想像のレッスン』 ちくま文庫
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