
立春
2023/02/04
二世帯住宅だから同居と言っても、これまで基本的には食を含めて別に生活をしてきたが、遺された義母との接点は自然と以前よりだいぶ多くなった。
義父と同年齢の義母は耳も悪く、腰や膝も悪いので、義父がやっていた掃除機がけやゴミ捨て・庭仕事等を手伝いついでに、話す時間を短くとも頻繁に日常の中に散りばめ、週に2〜3回位は夕食に招いたり、義母が好みそうな献立の日は多めに作って差し入れするような感じ。
都心に住む義妹も今は週末の1日をこちらに来て義母と過ごす時間を作ってくれているから、喪失の哀しみや寂しさも少しずつ癒されてか義母の声もだいぶ張りを取り戻してきたようだ。
次女も孫を連れて遊びに来た時は、義母と過ごす時間をとってくれて、幼な子の朗らかなエネルギーを家中に振り撒いてくれる。
家族がそれぞれ気持ちを寄せ、助け合ってくれる事の有り難みをしみじみと感じる。
以前は頑なに拒んでいた補聴器も、もう一度ちゃんと使ってみようかという気持ちになってきたのも、義母の周囲とのコミュニケーションへの意識が変化しつつあるからかもしれない。
年齢なりの呆けの症状もあるから、同じ話しのリフレインはままあるが、それを聴くことに苦痛は覚えないし、寧ろ義父がいた頃には聴いた事が無かった話しなどをあれこれ聴きながら、戦前・戦中・戦後を生き抜いてきた世代の知恵から学ぶ事も多い。本好きという共通点があるのでお互いの持っている本を交換して読む楽しみも増えた。
節分の日、庭の梅の花を少し手折って仏前に供えた。
立春のあたたかな光の中、また新たな蕾が開く梅の樹を見上げながら、「心に近しく親しい人の死が後にのこるものの胸のうちに遺すのは、いつのときでも生の球根です。」という長田弘さんの言葉が思い出された。
生前、それほど会話する機会は多くはなかったが、庭の手入れをしていると義父が何を育てようとしていたのか、慈しんでいたのかが感じられる事がある。
そんな時、自分の外に感じる他者ではなく、内側に耳を澄ませているような気がする。
亡くなった人が後に遺してゆくのは、その人の生きられなかった時間であり、その死者の生きられなかった時間を、ここに在るじぶんがこうしていま生きているのだという、不思議にありありとした感覚。
『詩ふたつ』に刻みたかったのは、いまここという時間が本質的にもっている向日的な指向性でした。心に近しく親しい人の死が後にのこるものの胸のうちに遺すのは、いつのときでも生の球根です。 喪によって、人が発見するのは絆だからです。
長田弘 『詩ふたつ』クレヨンハウス あとがきより
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