発達のリセット
2024/10/27
オートポイエーシスの河本英夫氏の言葉に
「発達のリセット」という表現がある。
認知からスタートする「学習」ではなく、動詞(行為)を通じた経験の中で自ずと形成される能力としての「発達」。
私自身を含め大人がナチュラリゼーションに取り組む時
最も難しいのは、ここなのだと思う。
物心ついた時から慣れ親しんだ「学習」のパターンや認知欲のようなものがどうしても先行してしまいがち。
以下は、河本英夫氏の著書『哲学の練習問題』(講談社学術文庫)の序章からの引用だが、実は2007年に出版された『哲学、脳を揺さぶる オートポイエーシスの練習問題』を改題して文庫化されたもので、その当時にオートポイエーシス関連の本数冊を1年くらいかけて、ボディワーカーの先生方との読書会で読み込んだ時期があり、読書会で使ったのは『オートポイエーシス2001: 日々新たに目覚めるために』だったが、そこからこの本や『損傷したシステムはいかに創発・再生するか: オートポイエーシスの第五領域』『飽きる力』などを幾度も読み返してきた。
でも、その時は何となくわかる様な部分もある気がするけれど、それこそ知識として上滑りしてしまう感じだった。
ただ、わからないなりに、その『発達のリセット』というテーマが、私にはどうしても必要であるという直感のような感触があって、それがナチュラリゼーションに繋がっていったのは確かだ。
そして、日々ナチュラリゼーションという行為を通じたリセットの過程を継続してきた今、(読書会から17年も経過してしまったが😓)改めて読んでみると、そこに綴られた言葉の響き方は全く違い、経験をなぞる様な近しさが感じられる部分もある。
脳の活性化を目指して書かれた本は現在ではとても多く、それぞれ異なる場面に力点をおいている。だが、これらの本を読んで、少しばかりのコツのようなものは獲得できても、それはどこまでも少し無駄を省き、少し知識を有効に使える程度であることが多い。一時的に知識の活用がうまくできても、それはコツの修得にとどまり、能力そのものはいまだ開発しきれていないことになる。ここで重要なのは、「学習」と「発達」を区別しておくことである。
視点や観点の選択肢が一つ増えることは、学習の成果である。それに伴って知識も増える。しかし、能力そのものの形成や、能力形成の仕方を修得するのでなければ、テクニックが一つ増えるだけにとどまってしまう。現在流通しているかなり多くのノウハウ本を読んでみたが、多くは学習の範囲にある。本来、課題になっているのは、能力を形成することであり、発達を再度リセットすることである。このとき認知能力の向上だけでは足りないのである。認知能力は大半が大脳皮質の働きであるが、認知能力だけで単独で形成される回路はごく狭いものである。能力の形成を行うためには、行為に働きかけなければならない。このとき、まず認知を形成し、認知から行為を導くようなやり方を想定しがちだが、それはロボットで実行されている仕組みである。むしろ、能力そのものの形成に働きかけるようなエクササイズを設定することで、こうした企てに踏み込んでみようと思う。
河本英夫氏『哲学の練習問題』(講談社学術文庫)より
河本氏の著書の中では読みやすい方かもしれないが、読んですぐに何かがわかるというよりは文字通り「脳を揺さぶる」一冊かと。
ただ、自身の物事の捉え方や視点の置き方に何かしらの問いを抱く、或いは学習のパターン自体に揺さぶりをかけたい方には、ここにあげられた練習問題はヒントになる面もあるように思う。
ご参考までに目次を。
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