Baby Steps

ゆっくりと歩む日々の眺めと言の葉

「また明日来るからね」という言葉に

父が小さく、でも幾度も頷いた。

それが私と父との最期の会話だったが

ベッドサイドにしゃがみ込んで

臥した父の目線の高さで

目を合わせながら話せて良かったと思う。

 

病院でも、退院してからも

高齢の母には都度しゃがみ込んで

対話するのは厳しく

見下ろされた状態でケアを受けたり

話をすることが殆どだったろうから。

  

 

父という存在を尊ぶ想いを

そんな何気ない所作や

体位変換の際のサポートの仕方

タクティールケアのタッチなど

身体的な事でしか表せなかったが

拙くも学び続けて来たことは

多分言葉より多くのものを

私と父との間に通わせてくれた気がする。

 

少なくとも病院や施設に居ては

十分に取れなかったであろうそのような時間も

点滴のような医療的措置を頑なに拒否した父が

残される家族に贈ってくれたものなのかもしれない。

 

父が息を引き取ってから

最初に駆けつけてくれたのは

訪看ステーションの代表の方だったが

エンゼルケアを終えた後

「日中早いうちに亡くなる方は、家族思いの優しい方が殆どなのですよ。」

と母の尽力を労いつつお話しくださった。

 

それはグリーフケアの一環でもあると思うが

実際のところ早朝であったお陰で

その後の多くのことが、その日のうちにスムーズに運び

介護疲れがピークに達しつつあった母の負担を

だいぶ軽減してくれたのは確かで

やはり父の優しさであるように思えた。

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