Baby Steps

ゆっくりと歩む日々の眺めと言の葉

名残りを惜しむような雪の朝、父を見送った。

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ひらひらと舞い降りる大きな雪の一つひとつが、こちらに手を振っているかのように感じられた。

 

枕元の棚にある主を亡くした物達はどこか所在無げに見えるが、父が幾年も目にしていたであろう庭の木々達は、その雪を抱擁するように鮮やかな花の絨毯を旅立ちの道に用意してくれた。

 

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長田弘さんのエッセイにこんな言葉がある。

生まれたとき、じぶんの人生に、一個のちいさな石をもらう。どこにでもある石を、その人のでなければならない一個の石としてもつことが、この世に生まれることだとすれば、死ぬことは、その人のでなければならない一個の石を、この世に遺すことだろう。

長田弘『感受性の領分』

 

父からは随分前に手書きの自分史を託されていたから、父が残したかった記憶はある程度わかっているが、私が今思い出すのは子どもの頃幾度か一緒に自転車で川まで行った事や富士山の近くでスケートをした事、或いはもっと小さい頃、多分有楽町辺りの小さな雑貨店で見かけたパンダのぬいぐるみを、欲しいと言えずに通り過ぎた私の表情から何かを汲み取って、わざわざもう一度そこに一緒に戻って買ってくれたことのような、日常の中の他愛無い、でも父の愛情を感じた出来事ばかり。

 

私から見えた父のそんな側面も、きっと一個の石の輝きだから、その記憶もずっと大切にあたためて生きていきますねと心の中で語りかけながら空を見上げた。

 

朝の雪景色が嘘のように、雲間から覗く青空と夕陽の暖かさもまた、父から遺された鮮やかな記憶の1ページとなったように感じた。

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