「元気」の美
2026/01/27
早いもので初孫も春からは小学生。
お正月に遊びに来た際に、最近楽器に興味が出てきたとのことで、夫がギターを出してきてくれたが、みんなが見ている前で照れもあるのか、「僕弾けないから」とちょっと躊躇気味の様子。
「初めて触るのだから弾けなくて当たり前だよ。どんな音が出るのか実験、実験!(笑)」
と声をかけると少しずつ音を出し始めた。
それでもどこか遠慮気味だったので、私も中高生くらいの時にアコースティックギターを少しいじった位で、大して弾ける訳でも無いのだが、音の出るしくみや感触・音色を少しでも体験できたら面白いかもしれない…と思い、開放弦から少しずつフレッドをおさえる位置をずらしながら、音がどんな風に変わっていくか試してみようよと誘った。
どう働きかけたらどんな反応が返ってくるか、弦から生じる振動は自分の耳や身体にどのように響くのか…楽器との出合いをただ楽しんでくれればと。

もっとも、次女の話では今1番興味があるのは打楽器だそうだが、それを聞いて行事の際の彼の動きを観て感じたことを思い出しながら、子どもはやはり自分に必要なものを本能的に知っているのかもしれないとも思った。
その横では、2歳の下の子がニコニコしながら小さなスツールにちょこんと座っていたのだが、実にナチュラルな姿勢で、私たちの意識に上ってくる以前にすでに作動している生命の働きが、まだ歪められることなく、そのまま発露しているかのような在りように、夫は「お地蔵さんみたいだなぁ」と表現してもいた。
そのたとえが言い得て妙に感じたので、改めて調べてみた。
Wikipediaによれば、地蔵菩薩はサンスクリット語では「クシティガルバ」、「大地を包含するもの」という意味だという。
大地の如くあらゆる命を育む力を、幼な子の内に感じたということかもしれない。

幼な子たちはその語源の通り(万物の根源となるエネルギーを指す)の「元気」の美に包まれている。

この記事へのコメントは終了しました。
コメント