Baby Steps

ゆっくりと歩む日々の眺めと言の葉

私はだいたい朝5時頃に起きる。
今の時期の楽しみは、ゴミを出しに行ったついでにまだ人影もない公園に寄り、桜を見上げること。

そして風にそよぐ桜の枝の動きと呼応するように小さくアームスを動かしてみたり、
花びらが舞い降りる軌道を真似ながら軽くステップを踏んでみたり、回ってみたりする。

もし側で誰かが見たらかなり怪しいオバサンだが(笑)
私にとって踊るココロが唯一動くのは、今はそんな瞬間だ。

そよぐ姿が美しいと思うから、一緒に動きたいと思う
いや、思うより前に動いている。
樹や花は話さないけれど、なぜかそんな時
対話をしているような感覚になる。

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今日も今西錦司氏の『生物レベルでの思考』から心に残った一節を。

こうした経験をもとにして、もすこし理屈をつけてみると、直観があたるとか、よくきく日というのは、まず身体が──とくにその感覚が──せいせいと冴えきっていることが必要であり、そのうえいっさいの雑念をすてて、その身体を環境にゆだねることが、できた日であるようにおもわれてくる。ところでこうしたことは、四六時中意識が過剰にはたらき、あれがしたいとかあれがほしいとかおもってくらしている、現代人の生活とは、およそ反対なことばかりである。

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