Baby Steps

ゆっくりと歩む日々の眺めと言の葉

ナチュラリゼーションは身体と空間と重力との関係性を学びなおし、結びなおしていく過程でもあると思う。

 

例えば「寝返り」

最初のうちは、どう動くかとかフォームとか、目で見て捉えた正しさのようなものから動きを探ったり、身体のどこが収縮したり伸びたりしているかというような内観の枠の中で探索する様な過程があるかと思う。

 

その過程から学ぶことも勿論たくさんあるが、空間との関わりから身体や動きを捉えてみたことはあるだろうか?

 

ダンスをする人なら、足裏と床の関わりについては日頃からよく意識を向けたりもするだろう。それが自分の姿勢や動きを支える面(支持面)だから。

 

Img_9442

寝返りの際の支持面の感覚や重さの流れにもフォーカスしてみると、左右での違いが発見できたり、そこから気付かなかった癖を見出すこともできるかもしれない。

 

刻々と移ろう床との関係性の中で支えつつ回るには、緩みすぎるのでも緊張し過ぎるのでもなく、重さの流れがスムーズに運ぶ「ちょうど良い」フェーズごとのテンションがあるのではないだろうか。

  

長い余談

 

以前にも書いたかもしれないが、かつて個人レッスンを受けていた師の門を叩くとき、私は「空間と溶けあうようなダンスがしたい」と伝えた。

 

当時深く考えた訳でもなく、何処からかフッと湧き出してきたような言葉だったが、それが私がダンスや動くことに求めてきたものの本質だったのだろうと時を経るほどに思う。

 

そのレッスンはいつも床に横たわり、自身を空間に委ねるところからスタートし、目の前のパノラマを見ながらのバーレッスンでは、その広がりと床やバー、背後の気配など360度の空間を感じつつ動いていく時間でもあったし、目を閉じてインプロを踊るという経験では「見ていることで見えなかった空間」を感じる時間でもあった。

 

そしてナチュラリゼーションの道を歩み始めても、今度は違う形で空間や重力と自身とを結びなおしているのだと気付くようにもなった。

 

昨今ではフィジカルサポートカラーのメガネレンズを使い出してから、光や色空間との関わりの凸凹に再発見があったが、久しぶりに閉眼で軽く動いてみた際に、目を閉じてもそれまで見ていた空間のイメージは瞼に浮かぶけれど、左上はやはりそのイメージも少し薄い気がした。

 

寝返りでその結びなおしを試みてみることにした。

残念ながらアイマスクは持参していなかったが、視覚遮断VORよろしくあえて閉眼で寝返りをしてみると、眼球が左上に動くときにごく僅かに目や瞼に力が入ることに気付き、それを抜くように動くと頭→頸→胸部の動きの連鎖がよりスムーズになり、学んできたことは皆つながっていると改めて感じたひと時だった。

 

Edac091f40094c3f9ed86c6ee82a3032

 

コメント

この記事へのコメントは終了しました。