伊藤亜沙『体の居場所をつくる』
2026/06/17
今月手にしたのは以前拝読した『体はゆく』に引き続き、伊藤亜沙さんの『体の居場所をつくる』
自身の身体を感じるということ、そして他者の感覚を聴くということを一から考えさせられる一冊。
仕事であれ身内の介護であれ、感覚や居心地を表現する言葉を聴かせて戴く機会は少なくは無くその多様さは常々感じてはいて、自明のようになっていることが盲点にもなるから、聴く際の自身の前提を疑うということを気をつけてはいても、それでも「自分の身体として感じられる」ということが前提の範疇に過ぎない。
まだ最初の4章までを読んだところだけれど、何かしらの生き辛さを感じている方にも、他者の身体に関わる機会のある方にも、自身の視野をグイッとストレッチされたり、ヒントを得られることも多い本だと思う。
自分が抱えている困難の原因を知ることは、ひとつのナラティブを手に入れることに他なりません。それはその人を安心させたり、自分と向き合う手がかりになったりするでしょう。あるいは、その病気や症状が社会的に問題になっている場合には、対策を講じるうえでのヒントとなるかもしれません。
しかし、ひとりの人間の回復を考えるうえで、その原因とされたものを敵とみなし、そこからの影響をなくすことに注力することは、場合によっては必要だとしても、それが必ず回復の道につながるとはかぎりません。「自分はこういう人間だ」と思い込んでいる人間像の外側、「自分はこうあってもいい」に出会うことが回復なのだとしたら、ナラティプを固定することは、場合によっては逆効果にもなりえます。回復が、単にその症状を獲得する前の自分に戻る一種のタイムトラベルでないのだとしたら、それは「自分でありなから自分でないような自分」を再定義するという未来へと開かれた前向きな営みであるはずだからです。
伊藤亜沙『体の居場所をつくる』朝日出版社
66-67頁より

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